このような、当時の芸術の粋が結集した邸宅ができたのは、施主である小笠原伯爵の豊富な海外経験からくるモダンな生活や、朝倉文夫に師事し彫塑に堪能だった芸術に対する造詣の深さや、それに応えることのできる建築家の手腕による所が大きいが、建築家の曾根達蔵にとって小笠原家は建築家になる前、武士だった頃の主君につながる一族であり、中條精一郎は長幹伯爵と同じケンブリッジの留学経験を持つなど、施主と建築家の深い信頼関係が、かかわった人々の力を充分に発揮させていると思われる。